今日太宰治の人間失格を読み直しました。
今まで何度か目を通したことはあるのですが、何となく読みたくなりました。
人には言えない事って腐るほど有ると思います。
私にも、もちろんそれなりに悩みは有ります。みみっちいですが。
近年、自殺志願者が増えているってよくニュースとかで言っていいるじゃないですか、
そのことに対してアナウンサーやコメンテーターの人って”理解できない”とか”死んだら全て終わってしまう”とか言っているけど微妙に何かモヤモヤした感情が湧き上がります。
多分、死にたいと思う人って本当は”死にたくないけど、生きてもいたく無い”んじゃないかと思います。
怖くて、恐くて・・・・悩んでいることがいっぱいあって。
他人は何でその程度のことで死のうなんて思うんだろうって言える。けど、自分にとっては大きな悩みで人生を変えてしまうような辛い事かも知れない。
ってどうしても私はニュースとか見ると思ってしまう。
報道全てを鵜呑みにするのはいけない。とかね考えちゃいますどうしても・・・。
太宰治の書いた人間失格を何度か読んでは、死について、人間性について考えさせられました。
芥川龍之介も太宰治も自ら命を絶った人で、その心理は凡人の私にはあまり理解することはできないかも知れません、しかし、解りたいとは思います。
十人十色、さまざまな思いや感情をもっと学んで自分、そして自分の描く作品も先人たちが築いた素晴らしい作品に近づくような作品を描きたいと思います。
何て言ってはみても、自分は如何せんペイペイなのでもっと色々勉強しないといけないなと痛感する日々であります。
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初☆コメ(こんな所に。)
私も太宰治の人間失格を表紙目当て(小畑)で読んだんですが、なんていうか「俺がどれだけ不幸なのか一から10まで教え込んでやる!!そこへなおれ!!!いいか、俺がどこが不幸かというとだな…まず、顔がダメだ!!」と熱意をぶつけられたような気がしました。ネガティヴなパッションが迸ってるZEみたいな。なんか…だから…死にたくなるのは、その人の感性が色んなものを感じて、それが強いから苦しくなって、死にたくなるのかなーとか…。死ぬのは凄いエネルギーのいる事だから、持ちきれないエネルギーの発散場所にされたのが、ただ死という形だっただけで…芸術家の人なら作品に向けてみたり、音楽家だったら曲に向けてみたりしてるんじゃないかなとか。凄い作曲家とか大体なんか、若くして亡くなってるし。凡人はそんな事を思う訳だけど、死ぬ人は、一体何を思って、逝くんでしょうね。深い話だ。
2008/04/07 21:29 | 他帆 [ 編集 ]
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